人を創る

第37回 大人の学びを科学する

社員研修は多様化の一途をたどり、自社に合ったよりよい研修を選び抜く目が求められる時代となっています。しかし、人材育成担当者自身の知力について触れられることはこれまでほとんどありませんでした。明日の人事に必要な、人が学び、人が育つ理論とは。教育学と諸科学の知恵を組み込んだ新たな切り口について、中原先生に語っていただきました。

 

人事担当者の教育知識

私のもともとの専門は教育学です。教育学といえば、通常は小・中学校、高校や大学の教育についての研究をします。私の場合は、少し毛色が変わっていて、企業を「人間の学習や成長の場」としてとらえるという研究に着手しています。

学校教育と企業の世界を比べると、同じ部分もありますが、全く異なっている部分も多々あります。

まず、研究に取り組み始めた当初、企業教育のかなりの部分が「勘と経験と度胸」、いわゆる“KKD”で実施されていることに驚きました。ウエットな雰囲気が支配する学校と比べて企業は、「恐らくロジカルで、分析的で、合目的だろう。だから、教育カリキュラムも、非常にロジカルに組み立てられているのでは」と思っていました。もちろん、先進的な企業のカリキュラムには、非常に素晴らしいものがありますが、中には、カリキュラムを分析しても、「いったい、誰に、どのような力を付けさせたいのか」が見えないものも少なくないように思いました。

また、すぐに気がついたのは、教育に関係する人たちの「連携の弱さ」です。経営者、人事担当者、人材開発担当者、事業部担当者など、さまざまな人々が、社員の教育に関係しているのですが、その関係者間のコミュニケーションや意思疎通がなかなかとれていない傾向があるように思いました。

経営者と人事教育部のディスコミュニケーション、人事教育部と事業部のディスコミュニケーション、そして、人事教育部内でのディスコミュニケーション。さまざまなディスコミュニケーションが存在するような気がします。お互いのニーズや本音、現場で生じている課題について、どれだけお互いが知っているか、というと必ずしも把握できていない場合が多々あるようです。本来であれば、人を育てるためにつながっていなければならない人たちにもかかわらず、対話も少なく、合意もないという状態に陥っている会社は、少なくないのではないでしょうか。学校教育では、これほどまでのディスコミュニケーションは見られません。小・中学校の「先生たち」には職員会議などがありますし、最近はTT(チーム・ティーチング)というものを実施したりしています。

もう一点、特徴的なのは、人材育成担当者の有する専門性(専門的知識)が不足がちであることです。人材育成の仕事は、たまたまジョブローテーションの中で割り当てられただけという方もいて、必ずしも全員がプロフェッショナルを目指す必要はありませんが、浅くてもよいので、人材育成に関する広い知識を持ってほしいと考えています。この点、学校教育では、教員には資格があり、当然ですが教育技術や知識を有しています。

このように、同じ「教育」ではありますが、企業教育というものは、学校教育に比べていくつかの課題を抱えているように思います。私が研究をはじめた当初は、この課題が目につきました。

もちろん、こうした現状を生み出してしまったのは、企業人材育成の分野で働ける人材を、大学が育ててこなかったという背景もあると思います。実際、教育学部で「大人の教育」について研究をしている人は一握りです。特に、企業・組織で働く大人の学びというと、皆無に近いものがあります。社会教育施設での学び、博物館での学びを研究する社会教育学という分野がありますが、そこでは、大人の学びに関する研究は少なく、さらに企業というと、皆無に近くなる現状があります。大人は「The Neglect Species(無視された種)」という言葉に代表されるように、教育学の中でも無視されていたのです。

しかし、学習は学校教育だけで終わるものではありません。大人になってから学ぶ人や、自分を変えたいと思っている人もたくさんいるはずで、多くの人が働く場所で「成長した」と実感しているのではないでしょうか。こういった背景から「働く大人の教育について研究せずに、何の研究をするのか」と考えるようになりました。


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